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福島家庭裁判所 昭和36年(家)2214号 審判

申立人 渡辺ミヱ(仮名)

相手方 渡辺年男(仮名) 外一名

被相続人 渡辺新太郎(仮名)

主文

一、被相続人新太郎の遺産分割について相続人年男は後記(理由二相続財産(一)乃至(五))財産を取得し、後記(理由同上(六)負債)負債を自己の責任において支払うこと。

二、相続人ミヱ及び弓子については、相続人年男は金四〇万円及びそれに対する昭和三十七年四月二十日以降年五分の割合にする金員を加算し、昭和三十七年七月以降毎年七月、一一月の各末日限り、各回金二万五千円宛(一人分)を相続人ミヱ及び弓子に支払うこと。

三、相続人ミヱ及び弓子はいずれも前記負債について、相続債権者に対して支払をしたときは、相続人年男に求償できる。

四、調停審判費用は自弁とする。

理由

一、相続人

昭和三十五年十二月十日被相続人死亡し、次の者の間に相続が開始した。

配偶者ミヱ(明治二十二年生)、現在家業の手伝をしている。

三男年男(昭和五年生)、被相続人の死亡後事実上家業である農業を承継し、妻子及び母ミヱと共に遺産である家屋に居住している。

二男功二の代襲相続人弓子(昭和二十年生)、昭和二十三年父死亡したので、代襲相続人となる。

母安井キミは夫死亡後弓子を遺して復氏し、病院勤務をしている。弓子は昭和三十六年五月頃迄渡辺年男の許にて同人及び祖母ミヱの世話の下に育つてきたが、昭和三十六年五月頃から母キミと同居する。亡夫戦死による年金五万円と弓子には年金年四千八百円が支給されている。

なお、長男多一(大正八年生)は昭和十八年死亡したが、代襲相続人はない。

二、相続財産

分割対象の遺産は次の通りである。

不動産        所在        地目    面積

(一)  田

(1)  信夫郡信夫村大字○○字○○二五番 田    六畝一四歩

(2)  同 二七             田    七、二六

(3)  同 四三             田    七、〇九

(4)  同 四五             田    六、〇九

(5)  同 四六             田    四、〇〇

(6)  同 七一             田   一〇、〇一

(7)  同 七二             田    五、〇八

(8)  同 七四             田    四、〇八

(9)  同 七五             田   一〇、〇〇

(10)  同 一〇六            田    五、〇〇

(11)  同 所関場八八          田   一〇、〇〇

(12)  同 一〇六            田   一〇、〇〇

計          八六、一四

(二)  畑

(13) 同 所上ノ関九六         畑    七、〇〇

(14) 同 所上ノ台九九         畑    七、〇〇

(15) 同 所日蔭一八          畑    三、一〇

(16) 同 一九             畑    二、二〇

(17) 同 四四             畑    二、二六

(18) 同 七三             畑   一八

計          三三、一四

(三)  宅地

(19) 同 二六の一           宅地 一五三坪

(20) 同 二六の二           宅地 一四一、七五

計         二九四、七五

(四)  建物

(21) 同所 ○○番所在

一、木造草葺平家建居宅一棟 建坪 二九坪

附属

一、ひさし木造瓦葺平家建 建坪  六坪

一、倉庫土蔵造瓦葺二階建 建坪 一〇坪

二階 一〇坪

一、浴室木造瓦葺平家建  建坪  二坪

一、蓄舎木造瓦葺平家建  建坪  五坪

以上の財産の蓄積については相続人年男の貢献は大である。

(五) 動産

農具(脱穀機、耕うん機)及家財道具 二四万円弱

(六) 負債

(1)  土地改良資金 二二万三千余円

(2)  協同組合   一一万五千余円

計  三四万円弱

(七) 遺留分算定に算入される生前贈与

関森所在田四筆 三反九畝一一歩

三、遺留分の計算

被相続人は在命中である昭和三十五年五月六日附で全遺産を三男年男に譲渡する旨の遺言書を作成してあつたので、保管者年男において昭和三十五年十二月二十六日適式に検認をうけた上、遺言執行者選任の申立をしたが、遺産分割の申立もあつたので、未選任の状態である。

相続人ミヱの本件遺産分割申立は遺留分減殺の意思表示を含むものと解されるし、然らずとするも審判外において受遺者年男に対してその旨の意思表示のあつたことは推知される。

又、相続人弓子は昭和二十三年十二月父死亡し、その後母キミは弓子を婚家に残して実家にかえつたので、祖母ミヱの膝下にて年男たちにより養育されてきた。

年男も自分が所謂跡取りであると考え、全遺産を相続できるとの期待から、弓子の養育に当つてきたものであるが、本件遺産について弓子の親権者キミより分割要求があつたことから、(遺留分減殺の意味を含むと解する)弓子に対する扶養について疑念をもつようになつたことと、他方弓子の成長につれ、母を意識したことなどから最近弓子は母キミに引取られている。

叙上の各相続人の職業その他一切の事情を綜合して次の通り分割する。

分割対象の全遺産額の評価(課税率その他公知の取引価額を綜合する)

(一)  田は反当平均金一五万円弱として計金 一二八万円

(二)  畑は反当平均金一五万円弱として計金 三二万円

(三)  宅地は坪当金一千円強として計金 三〇万円

(四)  建物は坪当金三千円強として計金 二〇万円

(五)  動産 二四万円弱

(六)  負債

(1)  土地改良資金 二二万三千余円

(2)  協同組合   一一万五千余円

(七)  生前贈与分

関森所在の田三反九畝一一歩は反当平均約一〇万円(相続分より地味悪い)余として計金四〇万円

遺留分の算定として遺産額二三四万円弱に生前贈与額四〇万円を加算し債務三四万円弱を控除するときには、二四〇万円となり、申立人ミヱの遺留分額は四〇万円、渡辺弓子の遺留分額は同様四〇万円となる。

四、法律問題

次に本件のように全遺産を包括的に遺贈した場合に遺留分権利者が減殺権を行使した場合に減殺請求により取消された遺贈対象は減殺権を行使した相続人の財産に帰するのであるのか、或は相続財産に還元されるのかということが問題となろう。殊に既に履行済みの遺贈或は生前贈与については、それが減殺権を行使した者に帰属し、その数額は訴訟手続により決定するということが、職権審理による審判手続よりも容易であろうし、或は旧民法はその趣旨を前提として立法されたものと思われる。

けだし審判手続による場合には、困難な負債総額を決定しなければならないのと、且それらは弁論主義によりなされれば、格別、職権審理による審判手続では容易に決定できる筋合のものではないからである。

しかし反面遺留分による減殺請求の結果それは当該相続人に帰属するということになると共同相続においては減殺権者が数人あるのであるから、若し受遺者受贈者の仲に無資力の者がある場合に偶順序としてその者に対して減殺権を行使せざるを得ない相続人は非常に不利になる。

従つて減殺された遺贈贈与はいずれも相続財産となり、それについて減殺権を行使した者の間において遺産分割するを相当とする。従つて一人が減殺した後に他の遺留分権利者が遺産分割に割込みたいときには、次順位にある遺贈贈与を減殺し、前に減殺権を行使した相続人により回復せられた遺贈贈与と合せて、分割するを相当とする。

若し又本件のような遺贈の未履行の場合には、減殺権の行使は遺産分割となるものと解する。

上記の事情であるから、減殺権行使により遺留分の分割は相続回復による遺産分割と同様にそれぞれ審判手続にて分割の前提となる減殺権の存否範囲の確定がなされるものと解する。(尤も減殺の程度等については既判力は生じない。)

五、分割事情

相続人年男は現在農業に専念しているので、農地を含む全遺産を取得さすを相当とする。

相続人ミヱについては現実に年男と同居しており、特に分割を希望していないが、相続人弓子において分割を認むなれば釣合上請求をするというのである。

相続人弓子は親権者において子の養育費のため、分割を求めるというのである。

前記の事情であるから前記遺産全部(積極消極も含む)を相続人年男に取得さし、(尤も債務については分割債務となるが、相続人年男に求償できるものとする。)他の相続人に対しては金四〇万円宛を主文の通り支払うべきものとする。

なお、減殺による果実の返還或は分割当時迄の財産管理についての収支費用の計算については本審判の対象とせず、別に夫々請求支払がなされるべきであろう。

又同様に相続人年男の相続人弓子に対する養料返還請求権についても、又別に訴訟手続にて判断されるべきである。

(家事審判官 村崎満)

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